親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
仕事、趣味、時には休憩やリラックス。ライフスタイルによって、「すわる」のシチュエーションや、その先に広がる世界はまったく異なるものです。エッセイ連載「千座万考」では、毎回異なる書き手が「すわる」について考えを巡らせ言葉を綴ります。
本記事は、メディアプラットフォーム『note』にて、OKAMURA Lifestyle Store×note公式が2025年10月31日~11月30日に開催したコンテスト「#いつもの場所に座って」で、見事グランプリに輝いた作品の掲載です。
受賞作「【エッセイ】同じようで違う日々に。」では、作者・藤本 柊さんが、「すわる」という行動とともに日々取り組んできた作業や、そこから見えてきた景色を綴っています。
20年か。
かれこれ、20年以上、私は座り続けている。
席の左側の窓からは、春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬にはもちろん冬の、光が入る。
その陰りや移ろいを、カーテンを半分開けたり、中途半端に閉めたり、いっそ窓を開け放したりしながら受け入れる。
席の右側には、お湯を張った金製のタライが電熱コンロに乗って、真夏でもゆらゆらと湯気をたちのぼらせ、白い器を温める。
私の仕事。
陶磁器の上絵付け、転写貼りという作業を朝から晩まで、ひたすら手作業で一つ一つ続けている。
コーヒーカップ、カップ&ソーサー、ラーメン丼、オーバルプレート、サラダボウル…。ありとあらゆる器たちが、さまざまなデザインの転写シートを貼り付けられるのを待っている。ペンペンペンペンと、ゴムベラでリズムよく、器の表面を軽快にすべらせ、水分や空気を払い出し、シワなく伸ばしていく。平面から立体に、その器の形のままに、自在に貼り付けていく。
聴いているFMラジオからは、曜日ごとのパーソナリティーが、その日その日のテーマに寄せられたラジオネームとメッセージを読み上げて、変わり映えのない毎日に、ささやかな愉しみを届けてくれる。月火は伊門さんだし、水木は蒲田さん。金曜はユーミンだし、午後はリョーツさんとユウちゃんなのだ。
「こんちわ〜。」
と、私の席の後ろ側には両開きのサッシ戸があって、カラカラと開けるとお得意さんがにっこりと現れる。私はクルリと回転椅子を回転させて、
「あら、こんにちは。」
と、座ったまま(かろうじて手は止めて)、ご挨拶をする。
「忙しそうやねぇ。これなんやけど…。」
この器に、このデザインで、こうやって転写を貼ってほしいのだけれどと、単価、個数、納期、というような商談が急に持ち込まれるのはいつものこと。
「えっと、じゃ、来週からならかかれますよ。3日もあれば。x x円は欲しいですねぇ。」
「ありがとうございます!じゃちょっとそれ通してみますんで(たぶん決まると思うんで)、そしたらまた持ち込みますね!」
「は〜い、お願いします。寒くなりましたねぇ。」
「ホントっすね〜。今朝はまた冷えましたね。」
「風邪ひかんように気をつけないとね。」
ひょっこり訪れるお得意さんと、軽く世間話をかわすだけで、母と私の二人の工房に賑やかな風が吹く。壁に掛けてある◯△商事のカレンダーの、
【〜15日 (山ミ)ソーサー200ヶ @x x】だとか、【〜18日 (マス)3.6丼80ヶ@x x】だとかの、ざっくりとしたスケジュールを確認しながら、
「来週は忙しくなりそうだね。」
と、すでに頭では作業の段取りを組んでいる。
母が請け負うものは、手が込んで技術的に難しく時間のかかりそうなもの、私が請け負うものは比較的簡単でサクサクと数をこなすもの、という暗黙の了解のもと、分業で絵付けを担当していく。
「おーい。」
と今度は、母の後ろ側のサッシ戸が開き、隣のおじさんがカゴいっぱいに青菜野菜を持ってくる。
「サラダ菜。こっちが、空芯菜。食べて。」
「わぁー、ありがとう!いつもすみません。」
「食べて食べて。うちじゃこんに食べれんで。」
「うれしい、助かるわぁ。ありがとう。」
元気な緑がどんと届いて、とたんに菜葉の草っぽい匂いと根っこの土の匂いがフワンと香る。
母は染付(そめつけ)風の藍色の和柄を、角小鉢の内側に貼り終えて乾かして、今度は外側に柄を貼り始める。私は、小さな椀のぐるりと一周の柄を貼り終え乾かして、もう一周、ひとまわり小さな柄を貼り始めた。一つの器の絵柄は一度では貼りあがらず、二度三度に工程を分けて貼っていくものもあるのだ。気長な作業。単調だけれど、正確に、丁寧に、手は抜かない。
ポポポポポポ…という音とともに、コーヒーメーカーから芳ばしい香りが漂いはじめるのは、10時と3時。母と私。コーヒーカップに注がれた琥珀を、ズズズッと啜りながら、作業の手はそのままに、時折チョコレートを一口ふくむ。
「そういえば、昨日の夜ね──。」
ぽつりぽつりと、子どもの話や、テレビ番組の話をしながら、ゴムベラはペンペンと動き続ける。
子どもがまだまだ小さなうちは、機嫌よく遊んでいる間やお昼寝の間だけ、座る席だった。ベビーモニターから寝起きの声が聴こえはじめると、手を止め、子どもたちを母屋に迎えにいっていた。3人の娘たちの成長に合わせて、私の座る時間が延びていったのだ。20年以上たった今では、朝から夕方まで、じっくりと毎日座り続けている。
そうして、近ごろは。
私は席に座り続けながら、物語のしっぽを追い始めている。たとえば「あの阪急電車に乗ってきた、赤いレインブーツの女性と、あんな風に目があったのは…」だとか。脳内に、先日見かけた気になる女性を膨らませ、やがて女性は主人公となり、雰囲気や場面が流れだし、ストーリーが始まっていく。セリフや、仕草、印象的な小物や、風景まで浮かびはじめたら物語は加速して、とうとう文字に起こしたくなってくる。小説を書きたくなってくる。
手は毎日と同じようにゴムベラをペンペンしながら作業を続け、手抜きなく丁寧に仕上げながら、一方の脳内では、雨の日の赤いレインブーツの女性の物語が動き出していたりするのだ。
「あ。ねぇ、納品書だしとかないと。」
とふいに、実務が舞い込めば、脳内の物語は一時停止した画面のように保持される。
プリンターが用紙をサクサクと吐き出す間、一時停止したまま、レインブーツの女性と私は脳内で目を合わせる。物語の続きを見失わないように、彼女が主人公のままいるよう、夕方席を立つ、そのときまでチラチラと見張っておく。
20年以上。
私はここに座り続けている。
座り続けながら、作業を進め、世間話をして、ラジオネームの方々から世の中を知り、おじさんのお野菜をいただき、子どもたちの成長をみて、そして物語を紡いでいく。
いつものこの席で、今日もまた。
そしておそらく、これからも、ずっと。
窓からの光が教える。
同じようで違う日々の中。
▼藤本 柊さんによるnote投稿「【エッセイ】同じようで違う日々に。」はこちら
https://note.com/syu_fujimoto105/n/ne59bd0698f09
▼「#いつもの場所に座って」のコンテスト概要はこちら
https://note.com/info/n/ncc596a058b92
▼その他のコンテスト受賞作品はこちら
https://note.com/info/n/n862c3a6086f0
執筆・写真提供:藤本 柊
編集:OKAMURA Lifestyle Store編集チーム
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